父の末期がん闘病記

病院からの深夜の電話

投稿日:

病院の看護師さんに
「今日、お父さんが始めて吸引機でタンを取らせてくださいました」とお話いただいた翌日の深夜の事です。

午前2時半頃に電話が鳴りました。
イヤな予感がしたので電話をとると
T病院の先生から「直ぐに病院に来てください!」と。

病室に駆けつけると、「看護師が巡回で発見した時には、心臓も呼吸も停止していましたが、心臓マッサージをしたら再び動き出しました」
というお話です。

タンが喉に詰まって、
ナースコールをすべきかどうか躊躇しているあいだに力尽きたのでしょう。

ベッドの脇の人工呼吸器が
シュー、シューと大きな音を出して動き、
それに連動して、布団の上からもハッキリわかるほど父の胸が上下に動いています。
見ているあいだに顔色も少しずつ良くなり、まるで眠っているかのようでした。

その夜から父は、再び目が開く事も無く、
自発呼吸が戻らないまま一週間後に永眠したのです。

死の直前まで、父は人様になるべく負担をかけない
サムライのような生き様を私と周囲の者に見せてくれたのでした。

※がん寛解の証明画像

今は、このような体験談を発表するにも、明らかな証拠が必要な時代になりました。

そこで、大学病院へ入院する前の治療前検査と
再発後の終末医療でお世話になった
T病院の担当医師が
保険申請のために書いてくれた診断書のコピー画像を
科学的な証拠として下記に掲載いたします。

がん寛解の証明画像
青のアンダーラインの大学病院での様子は
「放射線療法、抗癌剤投与目的で大学病院に転院」と記してあります。
そして、赤線の上には「一旦寛解するもその后再発」と明記してあります。

※父の末期食道がん闘病記の最後に

もし、あなたやあなたの大切なご家族が、
病院やお医者様に
がんによる余命を宣告されても決してあきらめることはありません。

なぜなら、それらは厚生労働省に認可された治療法で、
がん治療を行う場合での
「末期」であったり「余命」をお医者様が経験的におっしゃっているに過ぎないのです。

私の父のように、本当に良いことを
がんの三大治療に補完することによって、
通常では耐えられないほどの
がん治療に余裕で耐えることができたり、
普通なら免疫が落ちて
治療を途中で中断せざるをえないことがあるのですが
治療を中断することもなく、完遂することができるからです。

また、父のときには、まだまだ良い健康(機能性)食品は
目玉が飛び出るほど高かったのですが、
(高かったためにがん寛解後、経済面を懸念して高価な健康食品を飲み続ける事ができなかったのですが・・・)
今では医学的なエビデンスを持つサプリメントでも、
父の時代のように格別に高価なわけではありません。

もし、少しでも関心を持たれましたら
ハンドルネームでも受け付けていますので
お問い合わせからお気軽にご相談ください。

最後まで父の
末期食道がんの闘病記をお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

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