父の末期がん闘病記

がん治療の途中、二クール目で末期食道がんが消滅!

投稿日:

父の末期食道がんに対するサンドイッチ療法のちょうど半分、2クール目が終わった時に大学病院で画像検査をしたようです。その検査を踏まえて、担当医は大学病院で撮った画像フィルムなどの資料を父に持たせたうえで、県病院で改めて画像診断をしてくるように告げたのそうです。父はたった一人、タクシーを呼んで県病院へ行ったそうです。(父の後日談です)当時は、大学病院より県病院の方に性能の良い画像診断装置があったという事です。

放射線科の担当医は、よほど信じられなかったのでしょう!その後、放射線科の先生から「食道の四箇所から細胞を取って組織検査をしましたが、ガン細胞は一つも見当たらなかった」というお話を伺いました。

でも、これでがんの治療の全てが終わったわけではありませんでした。「あんなに大きながんが消えていることのほうが不思議だ。たまたま、細胞診ではがん細胞が採取できなかっただけかもしれない。」と念のために、残り2クールの治療も行うことになりました。

当然のように、父には残りの治療も無事に完遂できるようにという思いから、当初がんが発見されて以来、飲み続けていた健康食品を質、量ともに続けてもらいました。

つつがなく全てのサンドイッチ療法終えて、がん治療を始めてから4ヶ月後に行った細胞の検査では、2クール目が終わった時の検査同様、がん細胞がひとつも発見されませんでした。

この後、放射線科の担当医、Y先生は、あまりの喜びから「若井さん、良かったね!実は・・・」と父ががんであったことを告げてしまわれたのです。(それまでは、喉につかえたトンカツを内視鏡で胃に押し込んだ時にできた傷のかさぶたを放射線で焼いて小さくするための治療だと言っていたのに・・・)

さらにその場で先生は「本名は明かしませんから父の症例をがん学会で発表させてくれ」と頼まれ、こちらも感激していたので承諾をしたのでした。(本心のどこかでは、放射線と抗がん剤だけでは、父と同じ効果は得られないかもしれないのに、がん学会で発表することの意味があるのだろうか・・・とは、考えたのですが)

その後、Y先生は自分の出身大学から放射線科の部下を迎えられ、ご自身は部長に昇進されたと伺いました。

PR がん治療は病院でしかできないことがあります。
また、自分と家族にしかできない重要なことがあります。

↓ わずかの期間に体力を増強して副作用が激減! ↓

末期がんから生還せよ!アニメーション180

-父の末期がん闘病記
-, ,